──王宮にて倒れたヴィヴィアン 繰り返しうわごとで呼ぶのは… 「……兄様、いかないで……いや……お願い……」 汗ばむ額。苦しげな吐息。 夢の中で彼女は何度も――誰かを、何かを、喪っていた。 「父様……おいてかないで……」 恐らくロザリスが危機に瀕したあの頃。 マリウスは彼女を兄のいるロザリス家に帰す事を決意。 「ギルベルト殿…彼女はなにか…」 「…ここまで酷いのは初めてだが、たまに体調を崩すことはあった。医者に見せても心意性のものだと言うばかりだし、ヴィーも大丈夫と言うばかりで…」 そう言いながらギルベルトはヴィアンの手をそっと取る。 「……ぎる兄様…どこ?……」 ギルベルトはヴィヴィアンの頭を撫で、 「ヴィー。兄様はここだよ。」 そう呟けば、ヴィの表情がいくらか和らいだようにみえる その様子を見たマリウスは少しの安堵と、 「兄か…」 やはり実の兄には敵わないか…と少し悔しくも思った。 …が 「マリウス様。ヴィーがよんでる。」 「……マリウス様……どこ……?」 ふと、眠ったままのヴィーがそう呟き、空を探るように両腕を差し出した。 その言葉に、マリウスの表情が一変する。 「……ヴィー……!」 すぐさま駆け寄り、その手をそっと取る。 ヴィヴィアンの眉がぴくりと動いた。 「……ここにいる。私は、君のそばにいる」 その声が届いたのか、ヴィーの瞳がゆっくりと開いた。 「……ま……り……うす……?」 「大丈夫だ、ヴィー。怖くない……私はどこにも行かない」 目を覚ました彼女の瞳に、ぽろぽろと涙が浮かぶ。 そして―― 「やだ……怖いの……また、失っちゃう……っ」 腕を振るい、マリウスの胸元にすがりついた。 その瞬間、張りつめていた何かが崩れ、彼女は子どものように泣きじゃくった。 「兄様も……父様も……みんな居なくなるの……やなの……っ……マリウス……わたし……っ……」 「……泣いていい。大丈夫だ……私は君を失わない。何があっても、絶対に守る」 マリウスの腕が、そっと彼女の背中を包む。 激しく肩を震わせるヴィヴィアンを、その温もりで抱きしめ続ける。 その様子を見届けたギルベルトは、ふっと柔らかく笑った。 「……やれやれ、安心した顔だな、ヴィヴィアン。よかったな」 小さくつぶやくと、静かに部屋を後にした。 ⸻ ◆夜が明けるまで どれほど泣いただろう。 いつしかヴィーの呼吸は穏やかになり、マリウスの腕の中で静かに眠りに落ちていた。 マリウスも、そっと肩を預けて目を閉じる。 まるで時間が止まったかのような、優しい夜だった。 その夜、ヴィヴィアンは――初めて悪夢を見なかった。 ⸻ ◆翌朝 朝。光が差し込む部屋。 マリウスはまだ隣で眠る彼女を見つめながら、そっと頬にかかる髪を払った 「少し落ち着いたようだな。これからは私が…必ず。」 起き上がったマリウスが扉を開けると、ギルベルトが腕を組んで立っていた。 ちょうど目覚めたヴィヴィアンがギルベルトに話があると言うので、席を外したが、結局扉の前で待つことにした。 「……ヴィーが、君に話したいことがあるそうだ」 しばらくすると、眉間に皺を寄せたギルベルトが部屋から出てくる。 「ヴィヴィアンが君にも話したいそうだ…」 「話……?」 「…………頼む、信じてやってくれ」 「……ヴィヴィアンを疑うことなど……」 「……そうだろうな」 ギルのその言葉には、どこか寂しさと希望が混じっていた。 ──そしてこのあと、 マリウスは彼女から、未来の“運命の告白”を受け取ることとなる――。 部屋の扉を開くと ヴィヴィアンはベッドに腰かけ、薄い毛布を肩にかけたまま、窓の外に視線を向けている。 マリウスが扉を静かに閉める音に、彼女はゆっくりと振り返った。 「……マリウス様、少しお時間を頂いても?」 「もちろんだ。話したいことがあるんだろう?」 彼女はこくんと頷き、両手をそっと組みながら言葉を選んだ。 「……私、あなたにずっと言えずにいたことがあるのです」 マリウスは何も言わず、椅子を引き寄せて彼女の隣に腰を下ろす。 「──私は未来から……戻って来ました。死に戻ったのです。あの日…10歳の夏の日に。」 その言葉を聞いても、マリウスは驚かなかった。 ただ、静かに目を細め、短く息を吐いた。 「……やはり、そうか」 「え……?」 「なんとなく……君は未来を知っている気がしていた」 彼は、ゆっくりと語り始める。 「君が“バルド公を調べ始めたのは七年前”と言ったとき──違和感を覚えた。…君は多分少女だったのでは?と」 「……」 「その後、君を知るうちに、何を抱えているのかが気になった。 君の生き方は、何かに怯えているようで、何かを焦っているようだった」 「……そうでしたか?」 「ああ。いつか私に話してくれるのではと、淡い期待を持っていた。……だが、君は決して話そうとはしなかった」 「それは……」 「──確かめたいことがある。君の“死に戻り”は……私のためではないか?」 どきりと、ヴィヴィアンの胸が跳ねた。 「以前の君と私は、どんな関係だったのだ?……恐らく、夫婦ではなかったのではないか?」 彼女は、少しだけ目を伏せて、正直に口を開いた。 「……そうです。前回、私たちはまったくの他人でした。 いえ、むしろ……私が一方的に、あなたに憧れていただけでした」 その言葉に、マリウスの瞳がふっと細められる。 やがて、彼はそっとヴィヴィアンの頬に触れた。 「君が……頑なに私から一線を引いていた理由が、わかった気がするよ」 「……」 「君の中では、前回の“生”がまだ終わっていないのだな?」 「そう……かもしれません。 まだ“あの日”までは時間がある。だから……まだ、不明確なことも多くて……。それまでは、私……」 「──一つ、確実に変わったことがあるだろう?」 頬に当てた手を、するりと肩へ回し、 マリウスはヴィヴィアンをそっと抱き寄せる。 「私だよ。……愛する妻。私は君を愛している。君と【契約】ではない夫婦になりたいと思ってる…」 その言葉に、ヴィヴィアンの瞳が潤む。 けれど彼女は、苦しげに微笑みながら、そっと頭を振った。 「……それには……答えられません」 「……そうか……」 マリウスは目を伏せ、少しの沈黙のあと言った。 「私は……」 「……いや。よい。わかってはいるのだ。 君は、私を救うために帰ってきた。だから、それを成し遂げるまでは──そういうことだろう?」 「はい……ごめんなさい」 (彼女の、あの縋るような腕── きっと、生半可な想いではないのだ。……わかってはいる。頭では……) 「謝らなくていい」 マリウスはそっと微笑み、彼女の手を握ったまま言った。 「……君が“いい”と思える日が来るまで、私は待つ。私の気持ちは変わらないから。」 「……」 「だけど……これくらいは、許してくれ」 視線が交わる。 仄かに熱を帯びたその瞳が、ヴィヴィアンに少しの勇気をくれた。 焦がれて、焦がれて……命を差し出すほど愛した人と── 誓いの口付け。 軽く触れるだけの、優しくて温かい唇。 それは、今のヴィヴィアンにとって、一番必要だったものだった。 一筋の涙が、そっと頬を伝い落ちる。 そして、その胸の奥に、再び確かな意志が灯る。 「……マリウス様。──必ず、成し遂げましょう」 「私たちの未来のために」 マリウスは微笑んだまま、彼女の額に自分の額をそっと重ねた。 「……そうだな。必ず……だ」 朝の光が、静かに部屋を包み込んでいた。 ―夜。ロザリス邸、応接室 「義兄上。少し、お時間をいただきたく。」 「……驚いたな。あなたに“義兄”と呼ばれるとは思わなかったよ。」 「これは――決意表明と受け取っていただければ。」 「なるほど。では、“決めた”のだな?」 「はい。義兄上も……お決めになられたのでしょう?」 「――あぁ。あんな状態の妹に、背を押されるとはな。情けない話だよ。」 「彼女は、なんと?」 「“兄様の運命は既に変わっております。変えることができたのです。だから――諦めないでください”だとさ。」 「……運命が、変わった?」 「そうらしい。 あの子の“前回”では、俺は既に死んでいたそうだ。ロザリス家の滅亡とともにな。」 「……だから彼女は、あんなにも……」 「そう。あの子は10歳で誘拐に遭っている。――その先は、知っているか?」 「イシュガルディアに売られたと……」 「ああ。どうにかして国へ戻った頃には、家はなかった。 仕方なく宮廷メイドとして働いて、――そこで君に恋をしたらしい。」 「……そういう事情だったのですね。宮廷メイドの話は聞いていましたが……」 「せめて、俺が生きていればな。 死因は不明だと言っていたが……まぁ、状況的に、身を崩したのだろうと俺は思っている。」 ⸻ 「……私は、この件を“線”で結ぶ必要があると思っています。」 「どういうことだ?」 「ヴィヴィアンは、“未来”という一つの視点を持っています。 しかし――彼女にも知らないことが多いと、感じたのです。 たとえば、マリア様の現状。彼女は知らなかった。」 「……まぁ、あれは王宮内部の問題だからな。ヴィーの視点では見られない…か。」 「はい。そして、我々が見ているのは点であると言うこと。流れは理解できていても、それぞれの見えているものが違う。」 「……“知っているつもり”では、すれ違うというわけか。」 「はい。それは、間違いを生みます。」 「さすが、氷銀侯爵様。言うことが政治的だな?」 「……からかわないでください。――こちらを…。」 ⸻ マリウスが卓上に広げた紙。そこには、丁寧に書き記された“10年間”の出来事が並んでいた。 「これは……年表か?」 「はい。10年前、ヴィヴィアンの誘拐。ロザリス家の横領疑惑。 そして、リリィ殿下のレガリア入り。」 「……この時期、王宮は揺れていたな。恐らく“目”が届かなくなった。」 「ええ。監視が緩んでいた可能性があります。 それによって――ロザリス家は滅びかけた。」 「……前回は、俺とマリアの関係が公だったのかもしれないな。」 「ヴィーは、そう推測していました。 でも今回は――口止めした。だから、見逃されたのではないかと。」 ギルの顔に、苦い影が差す。 「……他には?」 「“ライデン”です。――何か、おかしい。」 ⸻ ■ ライデンに漂う不穏 「……あのルーでさえ、“見通せない”と言っていました。」 「……イグナティアにも“霧の領地”はあるが、あの場所は異常だ。 ルーの拠点に近いのに、まるで情報が入らない。」 「――実は、ライデンは“私がリリアン殿下に献上”した領地です。」 「……あぁ、そうだったな。」 「婚約前にも関わらず、反対派を抑えるために伯爵相当の地位を与えました。 もちろん、彼女に領地運営などできるはずもなく、我が家が裏で管理を……」 「だが、しばらく“管理していなかった”時期があるな?」 「はい。その頃、“権利書の紛失”という、ありえない事態が起きました。 リリィ殿下が“泣いて再発行を頼んできた”のを覚えています。」 「……領民の声は?」 「酷いものでした。 修繕の遅れ、流民の流入、商人の横暴…… そして何より、**“閉塞感”**です。 “外に出たがらない”という、異常な心理が広がっていた。」 ⸻ 「そういえば……リリードロップの苗をロザリスに入れた時期、ライデンが“輸入経路”に関わっていた。」 「白粉の輸入が止まったのも、あの頃ですね。」 「ヴィーが危険性を訴えても、ライデンの商人は拒み続けた。 結局ロザリスだけが禁止し、後に国全体で禁止。――あれも“おかしい”だろう?」 「ええ。そして……戦争の話ですが。」 ギルの顔が険しくなる。 「シルヴェストル戦。ライデン部隊が突如“離脱”して、ラインハルトが死にかけた。」 「……ルーファスが、助けたのですよね。」 「そう。俺の背中の傷もその時のものだ……あの子が気に病むほど、今でも残ってる。」 ⸻ 「――そして、これが最後です。」 マリウスが声を潜める。 「“紛失したはずの権利書の原本”が、実は――存在している可能性があります。」 「……!」 「再発行の際、私が“代理権”を持ちましたが、 その後も、“領主権限でしか起こせない”事件が、いくつか起きています。」 「つまり……“原本”が使われている、と?」 「はい。そして、持っている可能性が高いのは――バルド公爵です。」 ギルとマリウスは、静かに顔を見合わせた。 「……ライデン、か。」 ⸻ 「義兄上。我々が“ここまで”点を繋いできたとしてもどの道― 最後に必要なのは、“あの方”の協力です。」 「……エドワード殿下か。」 「はい。彼にすべてを話す必要はありません。 私が殺された話など、伝えるべきではない。 ですが、“未来でマリア様が殺される”可能性があること――これだけは、伝えるべきです。」 「……あいつにとっては、たった一人の姉だからな。」 「ええ。これは、王家のお家騒動。我々には、踏み込めない領域です。 ――だからこそ。止められるのは、“エドワード殿下だけ”です。」 「……王命という形でなければ、何も動かない…」 「えぇ。ですから、殿下には私から伝えようと思います。」 「どうやって信用させるつもりだ?」 「それは、私の得意分野ですよ義兄上…」 「あぁ。それはそうだな。」 ―後日、王宮・皇太子執務室。 「……マリウスか。夫人の様子はどうだ?」 「回復に向かっております。ご配慮に感謝申し上げます。」 「よい。気にするな。」 「殿下…今日は……“マリア様の件”でお話がございます。」 「……姉上か?そう言えば夫人も気にしていたな。大事なことか?」 「はい。先に結論だけ申し上げます。マリア様は一年後亡くなられます。」 「な――!」 「順を追ってお話し致します。」 「……掛けろ。」 マリウスは椅子に腰掛け、静かに語り出す。 「殿下は【死に戻り】を信じますか?」 「は……?」 「ヴィヴィアンは、回帰者です。 彼女の見た“前回の未来”で、マリア様はバルド邸にて殺されていました。」 「……バカな……」 「前回、ロザリス家は滅び、彼女はギルベルト殿との恋も叶わぬまま命を落としました。」 「……そうか。姉上がロザリス卿に想いを寄せていたのは明白だったが……」 「ギルベルト殿とマリア様は、愛し合っていた。 しかしそれが邪魔だったバルド公爵に――“何か”されたのです。」 「……おまえは、それを信じるのか?」 「信じるに足る理由が、いくつもあります。 ただし、これは王家のお家騒動――我々では踏み込めません。 だからこそ、“殿下だけ”にお願いしたいのです。」 「……しかし、それが本当だという証拠は?」 「一つ、“予言”をさせてください。 ――数日以内に、イシュガルディアから“セイレーン”が贈られます。 リリアン殿下への祝福として。」 「なっ……!?」 「ありえない、と思われるでしょう。“セイレーン”はイシュガルディア王妃が代々継承する宝石ですから。」 「……それが来たら、おまえの言葉を信じるとしよう。協力も約束する。」 「ありがとうございます、殿下。」 ⸻翌日…ロザリス邸。ヴィヴィアン私室 「ヴィー具合はどうだい?」 ベッドの端に座るとマリウスは一つの白い箱を手渡した 「土産だ。好きだろう?」 そこにはリリードロップの小ぶりなタルトが入っていた。 「ありがとうございます。マリウス様、後でお茶にしましょう」 「セイレーンの件エドワードにうまく【使う】ことができた。その礼だよ」 「まさか、改変してない人物で近々驚くことをする人は?なんて聞かれるとはおもいませんでしたけど、思い出せてよかった」 「明日結果が出る。改変がどんな形で作用していってるかはわからないが多分大丈夫だろう」 マリウスの言葉に、ヴィヴィアンは小さく頷いた。 「イシュガルディアは私が【行かなかった】未来を歩んではいますが、王都には影響はないでしょう。」   *** 一方その頃。 ロザリス邸では、ギルベルトが広げた書類を前に、長身の青年が眉をひそめていた。 「……これが、マリウス殿がまとめた“線”か。」 「点を結ぶ作業だ。“見えていない”ものを、浮かび上がらせるために。」 ルーファスは無言でページをめくり、やがて小さく息を吐いた。 「…なるほど、やはりライデンか…」 ギルベルトは静かに頷き、書類を閉じる。 「準備を始めよう。今度こそライデンを暴く。」