王宮の応接間に、妙な緊張が漂っていた。
ふんわりとした桃色のドレスに身を包んだリリアンが、優雅に笑みを浮かべる。
「まあ……わざわざ足を運んでいただけるなんて。フロストリア侯爵夫人、ご苦労さまですわ」
その声は柔らかく──けれど、どこか“勝者”の余裕が滲んでいた。
(ふふ、皇太子妃である私に謝罪するなんて……やっぱり私の方が“上”ですわね)
まるで「和解してあげるのは私」みたいな態度で、リリアンはにこやかに椅子へと腰を下ろす。
一方のヴィヴィアンは、騎士のように背筋を伸ばし、静かに一礼。
「本日はお時間を頂戴し、ありがとうございます。では──早速、形式を整えましょうか」
そう言って、立ったまま、礼の姿勢へ。
「このたびは、私の言葉が──“結果的に”殿下のご心情を害したようであれば、心よりお詫び申し上げます。今後は、より慎重な振る舞いを心がけてまいりますわ」
完璧な口調。完璧な礼儀。 しかしそこには、謝罪の“核心”が一切含まれていない。
けれど──
「まぁ……! よく言えましたわね。さすが侯爵夫人。見直しましたわ♡」
リリアンはまるで“子どもを褒める大人”のような目で笑った。
(……なるほど、“謝罪された”と、本気で思ってるのね)
ヴィヴィアンはその様子を見て、静かに息をついた。 ──いや、違う。堪えきれない笑いを、そっと吐き出した。
(ふふ……ほんと、わかりやすいお姫様。こういうのが“社交戦”ってものなのよ)
完璧な微笑みを貼りつけながら、ヴィヴィアンは心の中でクスクスと笑っていた。
⸻
「では、これにて」
「ええ、ご丁寧にありがとうございました。……わたくし、これでも寛大な方ですから♡」
(はいはい、寛大寛大。よしよし)
⸻
応接間を出たあと、後ろでモリアがこそっと耳打ちする。
「奥様、完璧でした。……最後の“はいはい顔”、バレてなかったか不安ですが」
「顔に出てた?」
「いいえ、口角が……0.2ミリほど」
「セーフね」
⸻
このやりとりの一部始終は、女官が丁寧に記録。 後日、貴族新聞にはこのような見出しが載る。
『皇太子妃と侯爵夫人、雪解けの一幕──和やかなる謝罪の場』
──朝、フロストリア邸前。
王宮へ向かう馬車の扉が開くと、 そこには、マリウスとヴィヴィアン──“侯爵夫妻”の姿があった。
「……もうすぐ王宮ですね」
「……ああ。」
しっとりとした朝霧の中、馬車はゆっくりと石畳を進む。 けれどその中で、妙な光景があった。
マリウスはいつものように向かいの座席には座らず── なぜか、ヴィヴィアンの隣に腰を下ろしている。
しかも……
「……マリウス、近いのでは?」
「…ん?夫の特権だ。なれてくれ」
そう言って、彼はふわりと肩を抱いたまま、微動だにしなかった。
「(…慣れ…るわけないじゃない!心臓が死ぬわ!)」
内心ツッコミを入れつつも、 その腕から感じる体温と鼓動に、ヴィヴィアンはそっと目を閉じる。
「マリウス様」
「……ん?」
「あなたの代わりですもの、しっかり務めますね。」
「……わかってる。だが、気をつけろ。王宮は“戦場”だ」
そうして、彼はヴィヴィアンの耳元で、静かに囁いた。
「……“私の名代”を任せられるのは、君しかいない。頼んだぞ、ヴィヴィアン」
──その言葉は、 信頼と敬意、そして一縷の寂しさがにじむ、マリウスなりの“愛の形”。
(……ほんと、そういうの…)
ヴィヴィアンはふっと微笑み、そっと彼の胸元に手を置いた。
「任せて。朽ちた子爵令嬢の本領、見せてあげるわ」
そして──
⸻
👠王宮前、到着!
門前に馬車が停まる。
扉が開き、まず現れたのは、凛とした佇まいの夫人。 濃紺のドレスにロザリスの誇りを宿し、フロストリア家の令夫人としての威厳を纏う姿。
「──ヴィヴィアン・フロストリア。只今、登庁いたします」
貴族たちの目が、釘付けになった。
マリウスの存在感に引けを取らぬ、その圧倒的な存在感。 微笑を湛えつつも、一切の隙を見せぬ振る舞い。
背後で、馬車の中から彼女を見送るマリウスは、小さく笑みを浮かべた。
「……行ってこい、“我が妻”。」
──王宮・皇太子執務室
「ふむ……“この件については引き続き調整中”……」
「ええ。ですが殿下、これ“3ヶ月前から”調整中です。まだ返答を出されていません」
「えっ……そんな前?」
「前です」
ヴィヴィアンの声に、エドワードが小さく肩をすくめる。
「……だってその頃、ほら。ちょうど、リリアンが…」
「知ってますよ。エドワード様は毎朝昼夜、彼女の隣にいましたもの」
「……いや、だってあいつ、一人にするとすぐ泣きそうになって──」
「それと政務、どちらが大切です?」
「…………」
「答えは結構。すでに責任は回ってきています」
──机の上に、ヴィヴィアンが“山積みの書類”を並べていく。
「今朝までに溜まっていたものです。順に確認をお願いします」
「え、ちょ、ちょっと待て! これ何百枚──」
「しかも、まだ“予備資料”です」
「予備!?」
エドワード、ついに椅子から崩れ落ちる。
「無理だ……これもうマリウス呼ぼう……」
「マリウス様は今、ライデン領の建て直しで不在です。私が代わりです」
「……じゃあ、せめて優しく──」
「皇太子の責務から逃げた罰です」
「おぉぅ……!!」
(……地頭はいいのに、もったいない。甘やかされて育った“優秀なバカ”の典型ね)
ヴィヴィアンは、少しだけ同情を浮かべる。
だが──
「甘えるのは、マリウス様の前だけにしてください」
「……は、はい……」
(こうして見ると──昔から“護られすぎてた”のね。皇太子という名の檻の中で)
ヴィヴィアンはそっと瞳を伏せる。
けれど──
「今度は私が支える番ですよ、殿下」
その小さな呟きが、意外にもエドワードの胸に残った。
──帝都・とある裏路地。 昼でも薄暗いその通りに、二人の影が音もなく入り込む。
ギルベルト・ロザリスと、ルーレウス。 フロストリア領に戻ることなく、彼らは極秘裏に帝都の裏社会を調査していた。
「……“ルイス”が複数いるのは既に判明してる。だが、その背後が問題だ」
ギルベルトの呟きに、ルーはひょいと肩をすくめる。
「ふふん、だから来たんだろ。第二、第三のルイスくんの尻尾を掴みにさ」
すでにルイスの一人を捕縛し、ヴィヴィアン暗殺命令が“公爵”から出ていたことは明らかになっている。 命令を出した“その人物の名”を求めて、ギルベルトとルーレウスは再び動き出した。
調査の末、辿り着いたのは帝都郊外の一軒家。 “ルイス”と名乗っていた者の所有する、複数の隠し倉庫だった。
「……開けるぞ」
「どうぞ?」
扉を開いた先に広がるのは、埃と記録文書の山。 その中から、次々と不穏な証拠が姿を現す。
⸻
「……これは、子供たちの売買誓約書か」
都市部や農村部の孤児たちの名前が並ぶ、胸の悪くなるような書類の束。
「これ。あの【愛人】のじゃねーか?」
ラミア──バルドの寵愛を受けた愛人。 彼女の妊娠・出産が秘密裏に処理されていた診断書が出てきた。
「……これはマリアの!? あいつは……どんだけっ……!」
ギルの目が険しくなる。 マリアの診断書には、同時期に妊娠していなかったという記録が残されていた。 何よりも──“皇女である彼女が、大切にされていなかった”という事実が、そこにあった。
「おーおー。謀反でも企んでんの? これ。武器がわんさか…」
イシュガルディアの非公式組織との武器売買契約書。 外交問題に発展しかねない記述まである。
「こっちは……ただの舞踏会の招待リスト?」
「忘れたのかルー。あれだよ、仮面舞踏会。」
「あー、あれか! 麻薬密売の温床。ってことは──顧客リストだなぁ。あーぁ…こんなにいっぱい…」
仮面舞踏会の集客リスト。 貴族たちの名が並ぶそのリストは、後のルイスの証言と合わせ、麻薬密売の決定的証拠となる。
「おいおい……なんでこんなもん取っておくんだよ……普通燃やすだろ……俺ならそうする……」
手元の書類には、複数の貴族を対象とした暗殺依頼が記されていた。 依頼人名は、すべて“ルイス”。
ギルは無言でページをめくり続け、やがてひとこと呟いた。
「……全部、“バルド”の臭いがする」
「けど、名前がどこにもねぇ。全部“ルイス”名義。これじゃ直接的な証拠にならねえな」
「だからと言って、放ってはおけない。必ず繋がる糸があるはずだ」
⸻
そして──
物陰での激しい尋問の末、ルイスたちは次々と口を割った。 だが、誰ひとりとして“バルド”の名を出す者はいなかった。
全員が異口同音に言ったのは──
「命令を出したのは、“公爵”だ」
この国の現存する公爵家は、イグナティア家とバルド家の二つだけ。 そして──イグナティア公爵にそんな陰謀に手を染める理由も動機もない。
だが、それでも──
「……“公爵”というだけじゃ、“シャルル・ド・バルド”とは断定できない。証拠が必要だ」
「なら、徹底的にやるしかねぇな。ルイスの関係先、すべて洗おうぜ」
ギルとルーは頷き合い、次なる探索へと向かう。 この国の腐敗の根を断ち切るために──
──ライデン領内・臨時評定所
冷たい空気が流れる中、マリウスは椅子に深く腰掛け、眼前の三人を鋭く見据えていた。
並ぶは、ライデンを治める三名の子爵たち。
・オルテンシオ子爵──老練な貴族。かつてフロストリアに忠誠を誓った名家の当主。 ・ヴィオネル子爵──強引な手法で勢力を拡大し、近年急成長を遂げた男。 ・トゥーロン子爵──若く、まだ経験の浅い新米領主。
マリウスは静かに切り出す。
「貴公らの領地から、多数の不正取引の痕跡が発見されている。 とくに──密輸、脱税、賄賂、そして……暗殺の手引きだ」
トゥーロン子爵は顔を青ざめ、オルテンシオ子爵は唇を真一文字に結ぶ。 だがヴィオネルは、嘲るような笑みを浮かべた。
「証拠でもあるのかね、侯爵殿?」
マリウスは返さなかった。 代わりに副官が無言で、いくつもの帳簿や密輸記録を机に叩きつける。
ヴィオネルの顔が歪んだ。
「ヴィオネル子爵。貴君の配下の者が、我が妻ヴィヴィアンへの襲撃計画に関与した証言がある。 今この場で潔白を証明できぬのなら──貴君の爵位は剥奪、領地は国庫に返還する」
「ふざけるな!そんなことが許されると──」
「──許すも許さぬも、これは【国家反逆】に類する」
マリウスの言葉は、低く、しかし冷酷だった。
場が凍りつく。
やがて、オルテンシオ子爵が重々しく言った。
「……侯爵殿。私の領地では、密輸に加担した者をすでに逮捕済み。 誠意を持って協力いたします」
トゥーロン子爵も続いた。
「私は知らなかったとはいえ……配下が関与していたなら、すべて明らかにいたします」
マリウスは二人を見やり、静かに頷く。
「協力に感謝する。だが、ヴィオネル子爵──貴君は…ここまでだ」
瞬間、部屋の外で兵士たちの足音が響き、ヴィオネル子爵は周囲を包囲された。
「貴様ッ、裏切ったな……!」
怒鳴る彼の声を無視し、マリウスは言った。
「ライデンの地を、これ以上腐らせるわけにはいかない」
ヴィオネル子爵は連行され、その場は静けさに包まれた。
──かくして、バルド派の影響力を受けていたライデンの子爵構造は、完全に粛清された。
残った子爵家には、新たな誓約と協力体制が敷かれ、領地の正常化が急速に進められていく。
──ライデン領・旧ルクレ家の屋敷跡。
重厚な石造りの邸宅の前で、マリウスは馬を下りた。 視線を上げるその眼差しは、氷のように静かで、鋼のように強い。
「……ここだな。情報では、バルド公爵の親戚筋にあたる男爵家だと」
傍らに控える副官が頷く。
「はい、旦那様。表向きは隠居した元子爵の屋敷ですが、最近急に出入りが活発になっており、物資の動きも多いようです」
「“偶然”にしては出来すぎているな。――包囲を」
マリウスの指示は、短くも絶対だった。 数刻の後、屋敷は完全に制圧され、内部の使用人たちも拘束された。
館内の捜索が始まり、兵士たちは手分けして各部屋へ散る。 マリウス自身も、主の書斎とされる部屋に足を踏み入れた。
積み重ねられた帳簿、整然と並ぶ書類。 だが――その奥。ふと視線を落としたとき、書棚の裏に不自然な“隙間”があることに気づく。
「……これは」
手袋を嵌めたまま、壁に手をかけ、軽く押すと、隠し引き出しが音もなく開いた。 そこに収められていたのは、年季の入った封筒──
開封された紙束の先頭には、こう記されていた。
『ロザリスの娘を確保せよ。追っ手が来ぬよう口外無用。 バルド領内東部の廃屋に移送、数日内に“使者”が回収に向かう。 不用意な接触・会話は避けよ。』
そして、手紙の署名には──
『シャルル・ド・バルド』
マリウスは、しばし無言でその紙面を見つめていた。 その手に力がこもり、封筒がわずかに震える。
「……まさか、こんな形で繋がるとはな…ヴィーありがとう。」
記された日付は、十年前。 内容は、幼い令嬢ヴィヴィアン・ロザリスの“誘拐計画”を命じたものであり、 その文面には、バルドの名が隠しようもなく刻まれていた。
──偽名も使わぬ、油断。 ──そして、古い文書ゆえの“隠滅されていなかった”過ち。
マリウスはゆっくりと紙を折り畳み、封筒ごと懐に仕舞う。 その表情には、冷ややかな怒りと、確信が浮かんでいた。
「……これで、全てのピースが揃う」
マリウスは振り返り、副官に命じた。
「この邸を封鎖しろ。すべての記録を押収する。逃すな」
「はっ!」
その背に、これまでの怒りと苦しみ、そして守るべきものへの決意を滲ませながら、 マリウス・フロストリアは、静かに、確実に、戦場の空気を変えていった。
『ロザリスの娘を確保せよ。追っ手が来ぬよう口外無用。 バルド領内東部の廃屋に移送、数日内に“使者”が回収に向かう。 不用意な接触・会話は避けよ。 ──シャルル・ド・バルド』
素晴らしい構成です、さくら──これはまさに「#第八章:断罪への布石」として完璧な仕上がりです!👏
以下、章構造を整理しながら、要点・見どころ・活用できるタグをまとめておきます📝
🌸社交バトルとして、ヴィーの「柔らかい皮肉」や「言葉遊び」が冴え渡ってますね。
💒ここはタグ:【#仮侯爵てぇてぇ】&【#仮侯爵キャラ】両方でいけます!