#終章
──花の香りを纏う風が、王都レガリアに春を告げる。
咲き誇る花々、青空を泳ぐ白い雲。 あの喧騒の日々が嘘だったかのように、穏やかな陽光が街を照らしていた。
けれど、あの時間があったからこそ── 今この瞬間の「平穏」が、何よりも愛おしいと知った。
ヴィヴィアン・フロストリアは、ひとり書斎の窓辺に立ち、風に揺れる帳を指先でそっと掬う。 その横顔には、かつての鋭さではなく、柔らかく満ち足りた表情が浮かんでいた。
「……マリウス。今日もお忙しいのかしら」
思わず洩れた声は、寂しさではない。 胸の奥に宿る、確かな誇りと信頼の証──
氷銀侯爵として生きた彼は、いまや「蒼銀公爵」となった。 政を担い、国を支える要として、日々の責務に立ち向かう姿は誰よりも逞しい。
(けれど、私にとっては最愛の夫…)
その背中を見ていたいと思う。 歩む道の傍にいたいと思う。
ふと視線を上げれば、空の彼方にはあの日と同じ色の光。 あの日の記憶が、静かに重なっていく。
──あなたと見た景色は、きっと、これからも変わらない。
そう確信できる日々が、ここにある。
──扉がノックされた。
「失礼いたします。奥様、殿下よりお手紙が届いております」
使用人が差し出した封筒には、見覚えのある筆跡。 クラリスからだ。
開封すれば、そこには一行──
『来春、エドワード殿下と正式に結婚します』
「あら……ふふ、ようやく……」
かつては背中越しに立っていた二人が、今は肩を並べるように、穏やかに寄り添っているのだろう。