──レガリア王国 建国二五〇周年記念 式典にて ⸻ 豪奢な緞帳が、静かに引き上げられる。 観客席に広がるのは、帝国全土から王命により招集された全貴族たち。 貴族、軍属、聖職者──この国の頂点を彩る者たちが一堂に会する、その光景は壮観だった。 王城の大広間。 名目は「レガリア王国建国二五〇周年記念式典」。 (タイミングがいいな、とエドワードが冗談めかして呟いたことを思い出す) だが。 今日この場所で裁かれるのは──公爵家という名の絶対権威であり、同時に、レガリア王国の“腐敗の象徴”でもあった。 王の御前に整えられた式次第には、 【叙勲】【褒章】の文字が並ぶ。 それを見て、少なからず期待に胸を膨らませた者もいたことだろう。 だが── まさか、血に染まる夜になるとは。 その命を燃やして国を救わんとする者たち以外、誰ひとりとして予想していなかった。 ⸻ ◆ 王宮大広間 ── 第一幕:炎を灯す者 フロストリア侯爵夫人──ヴィヴィアン・フロストリア。 黒く艶めいた髪が、柔らかな光を受けてきらめく。 会場に一礼を捧げたその姿は、まさに社交界の華。 「では、あとは“火種”を落とすだけですわね」 微笑とともに、彼女が向かったのは、あらかじめ口の軽い令嬢たちが集うサロン── その中央に座していたのは、彼女の旧知。 アナスタシア・ド・フローリア フローリア公爵夫人。 「ヴィー。来たわね。待っていたわよ」 視線を交わした瞬間、彼女たちの“社交を武器とした炎”に火が灯る。 「フロストリア家は、ライデンを返還されたのですってね?」 その一言に、周囲がさざ波のようにざわめいた。 「さすがアナスタシア様。お耳が早いですわね。本日、国王陛下より直々に通達がありますが──すでに夫の元には書類が届いておりますの」 「最近のライデンは、あまり良い噂を聞きませんから……少し心配しておりましたが。フロストリア家ならば、建て直せるでしょうね?」 「えぇ──【麻薬】【人身売買】【密輸】など、悪い話ばかり……」 ヴィヴィアンがそう口にした瞬間、会場の注目が一気に集中する。 「あの、フロストリア夫人。わたくし、友人がライデンに住んでいるのですが……最近、街道がとても物騒だとか」 ──これも仕込みだ。 この“心配顔”のご令嬢は、イグナティア家の末娘。 「まぁ……それはご心配ですわね。ライデンには、謎の輸送ルートがございますので。現在、そちらを改善する動きがございますが──夜間は外出を控えるよう、お伝えいただければ幸いですわ」 「対処がお早いのですね。ありがとうございます。必ず伝えますわ」 貴族たちの視線が、次々と集まる。 フロストリア侯爵夫人の一挙手一投足に、耳目が集まる。 ──その火種は、着実に燃え広がりつつあった。 ⸻ ◆ 王宮大広間 二階テラス ── 第二幕:観測者たち 王城のテラス。見下ろす先に燃え盛る“噂の海”。 そこに立つのは二人の策士── • クラリス・イグナティア:イグナティア公爵家令嬢、通称【紅い流星】 • ルーレウス:王家直轄ギルド《黒焔の剣》マスター ふたりは、ヴィヴィアンが仕掛けた火種によって揺らぐ空気の流れを読み取り、 疑わしい貴族たちの反応を鋭く見定めていく。 「“火事”にするには、まず“煙”を立てないと、な?」 ルーがひと息に呟けば── 「……もう十分に燃えてるわよ。貴族たちの噂って火力すごいもの」 クラリスは肩をすくめて返す。 その言葉通り、今や会場はまさに── 噂という名の火が燃え盛る、社交地獄と化していた。 ただし、その炎の中においても、 【黒幕】の正体に辿り着く者は、まだいない。 しかし── その人物を“闇”から引きずり出す一手が、今、打たれようとしていた。 ⸻ ◆ 王の御前 ── 第三幕:断罪の開幕 場が張り詰める。 王の前へ、ひとりの青年が歩み出た。 氷銀の瞳──鋭く、清冽。 凛としたその佇まいは、まるで氷刃。 マリウス・ド・フロストリア フロストリア侯爵家当主。 「本日、我が国における重大な反逆および闇取引に関し──」 「確たる証拠と証言、そして王命に基づき──」 「フロストリア家の名において、ここに告発いたします」 その声は澄んで、そして容赦ない刃のようだった。 一瞬にして、貴族たちの顔色が変わる。 空気が凍る。 ──今、ここに。 レガリア王国 最大の粛清が始まる。 王宮大広間・二階テラス── 「クラリス。把握できたか?」 ルーレウス… 王家直轄ギルド【黒焔の剣】のマスター 彼が背後から声をかけると、 紅いドレスの令嬢── クラリス・イグナティア イグナティア公爵令嬢 彼女は振り返らず答えた。 「ルーか。もちろんだ。五時方向の壁沿いに二名。会場入り口に四名。北通路側に一名。……それと、バルドの周囲にも数名いるな」 「やはり、結構いるなぁ」 ふたりの視線は、ざわつく会場を鋭く掃く。 貴婦人たちの噂話に過剰反応を示す貴族たち── その中に“共犯者”が紛れているのは間違いない。 ──だが、ふとルーの視線が泳いだ。 「あれ? そういやぁ……あいつ、いねぇな」 「……さっきから探してるんだが、見つからない」 「……やばいかもな。ちょい早いけど、ギルのやつを行かせてやるか」 ルーは言いながら、ちらりと控えの席を見た。 その席には、剣士のように黙して座る男── ロザリス子爵家当主 ギルベルト.ロザリス 「……あいつ、もう限界だろ」 「リストにある奴らはだいたい揃ってる。……大丈夫、だと思う」 「ずっと……待ってたもんな」 その言葉に、クラリスの横顔がふと揺れた。 「……それは、貴殿もではないのか?」 「……あれ? クラリスちゃん、それ知ってる感じ?」 「まあ、だてにイグナティアではないので」 ルーは目を細めた。 「はーん。で──そのメガネと口調が“本質”か? ヴィヴィアンは知ってるの?」 「……おねぇ様には言うなよ」 「じゃ、お互い様ってことで……行ってくる」 軽く手を振り、踵を返す。 「……あぁ。頼む」 ルーレウスは、テラスの影にその身を沈めるように姿を消した。 ──まるで、風のように。 クラリスはその背を見送り、ほんの一瞬だけ微笑む。 「……トィレンツィア、か」 彼女の中で確信に変わったものを、誰も知らない。 再び正面へと視線を向け直し、 クラリスは静かに、しかし確かに呟いた。 「逃がさないからな…誰も」 静寂に包まれた会場の中央。 一人の男が歩み出る その姿は凛として、まるで冷気を纏う刃のごとく清冽。 帝国軍礼装の上に、侯爵家の紋章をあしらったマントを翻し 目を引くその長い銀髪と凍てつくような眼差し。 ──その瞳は、まっすぐに王を見据えていた。 現フロストリア侯爵家当主 マリウス.フロストリア。 「──本日、我が国における重大な反逆および闇取引に関し、 確たる証拠と証言、そして王命に基づき、フロストリア家の名において、ここに告発いたします」 その声は澄んでいた。 けれど、その奥底には張り詰めた怒りが潜んでいる。 ごくり──と誰かが唾を飲み込んだ音。 きらびやかな式典の舞台は、一瞬で粛清の場へと変貌する。 ⸻ 「まず、ライデン領にて起きた偽ルイス伯爵の事件について。 元は直轄領、ライデンには伯爵はおりません。ですが、領内に【ルイス伯爵】なるものが複数存在致しました。 捕らえたルイス伯爵【たち】の証言によれば、指示は“公爵”から──と記されていました」 「……私ではない!」 叫んだのは、会場奥に座すバルド公爵。 だが、証人と証拠が並ぶ中、その声はどこか焦りに満ちていた。 ⸻ 「次に、マリア・ド・バルド公爵夫人名義で開催された仮面舞踏会における麻薬取引について。 こちらが、その顧客リストです」 主催側は後に… まずはこのリストに名を残す者を拘束させて頂き、後に聴取致します。 広げられたリストに名前が載っていた者たちは、その場で帝国騎士に拘束されていく。 「……部下が勝手にやったのだ」 そう呟くバルドの顔には、もはや余裕など残っていなかった。 ⸻ 「さらに──ルイス名義で行われた人身売買と武器密輸の契約書もございます。 サイン、および印章はルイス伯爵名義」 「……私は無関係だ……!」 動揺を隠せず、椅子から立ち上がるバルド。 だが、マリウスは止まらない。 ⸻ 「次は──我が妻、フロストリア侯爵夫人を狙った暗殺未遂。 こちらが、ルイス伯爵による依頼書です」 ルイスの筆跡と、依頼書の封蝋が公開され、会場はどよめきに包まれた。 ⸻ 「そして……マリア・ド・バルド公爵夫人。 現皇帝の長女であり、陛下の御姉君であるマリア様への──暗殺教唆。 こちらが、その命令書です」 印章、筆跡、用いられた紙質に至るまで、すべてがルイス伯爵の物と一致していた。 「──伯爵がなんだと言うのだ……」 もはや何も言い逃れはできない。   だが──その時。 「バルド公爵は……悪くありませんわ!」 静寂を裂くように、ひときわ高い声が響いた。 立ち上がったのは、リリアン・イシュガルディア皇女。 皇太子妃であり、この式典の主役であるはずの姫。 「ラミアの為よ!」 その発言に、会場が凍りつく。   ──その時。 「……それだけじゃありませんよね?ちゃんと記録してあるんで」 静かに、だが不敵に笑って進み出た男がいた。 黒衣に身を包んだ青年──ルーレウス 「王家直轄領、トゥレインツィア。トゥレインツィア伯爵が長男。ルーレウス.トィレンツィアがこちらの証拠を提示致します」 「君が口にした“決定的な一言”の記録。 そして、マリア暗殺未遂の証拠だ。 どうする? 皇太子妃殿下?」 トゥレインツィアの名に皆が動揺する中 皇太子エドワードが、ゆっくりと立ち上がる。 震える指先を握りしめ、苦悩に滲んだ表情を滲ませながらも── その声には、王家の威厳が宿っていた。 「……皇太子妃を、拘束せよ」   帝国騎士たちが、リリアンを取り囲む。 彼女は震えながらも、ただ呆然と立ち尽くしていた。 「エド…どうして?」  だが──マリウスはまだ終わらない。   「……最後に、ひとつ」 マリウスがゆっくりと手にしたのは、封印された古びた一通の手紙。 「十年前。 フロストリア侯爵夫人──当時ロザリス家の令嬢であったヴィヴィアンが、誘拐された事件。 その事件の──依頼書です 筆跡、言葉遣い、そしてサイン。 これまでのすべての証拠文書と──完全に一致しており、直筆のサインが記されております」 「…以上が一連の騒動ら全容でございます。国家を揺るがす国賊としてここに告発いたします。」 その一言とともに、会場の空気が完全に変わる。 誰もが悟った。 ──シャルル・ド・バルド。 この男の時代は、終わったのだと。 ──会場の空気が静まりかけた、その時だった。 「……あー……ちょっと待った」 軽く咳払いしながら、一人の男が再び歩み出る。 「申し訳ない。もう少しだけ、お時間を頂戴したい」 黒衣の青年── 王家直轄領・トゥレインツィアの長男、ルーレウス・トゥレインツィア。 一連の断罪で名を知られたその男は、静かに数枚の書類を手にしていた。 「実はこれ、公にはされていない“追加の証拠”なんだが──  どうにも見過ごせなくてね。王家にも関わる話だから」 マリウスも目を細めて頷く。 ルーは視線を王の前に向け、淡々と口を開いた。 「公爵家の“世継ぎ”について、皆さんもご存知だろう。  ──バルド公爵とマリア様の間に生まれたという、男児の話だ」 ざわめきが広がる。 「……だが、これが全部、偽装だった」 ルーは手にした診断書を掲げた。 「まずはこちら。マリア様──正確にはマリア・ルクレツィア・レガリアの健康診断書だ。  ご覧の通り、“妊娠の痕跡は一切なし”。  ──つまり、あの方は出産などしていない」 そして、もう一枚。 「続いてこちら。バルド家に仕えていた女官と、医師の証言書。  ──実際に出産したのは、ラミアという名の女性。公爵の愛人だ」 会場は凍りついたような沈黙に包まれる。 「バルド公は“皇帝の娘”皇女殿下を利用した。  姫君を閉じ込め、真実を隠し、愛人の子を“王家の血を引く後継者”に仕立て上げた」 「……なんてことを……」 誰かが震える声で呟いた。 ルーの声は静かだった。けれど、その一言ひとことは鋭く胸に刺さる。 「王家を騙し、皇帝陛下を愚弄した──その罪は、重い。  そして何より、マリア様の尊厳を踏みにじった。その罪は──決して許されるものではない」   王の側近が書類を手に取り、王へと差し出す。 厳しい目を細め、すべてを確認した王は、重々しく頷いた。 そして― ─ マリウスが告発文を読み上げてる最中 帝都郊外・旧バルド本邸の一角に、闇を纏う人物が1人 ギルベルト・ロザリス。 その肩には、一羽の猛禽──アイオン。 ヴィヴィアンが育てた最強の護衛である。 「……いいか、アイオン。鳴くなよ」 囁くように言えば、アイオンは鋭い金の眼をギルに向け、静かに頷くように一鳴きしてみせた。 ──全ては、マリアを取り戻すため。 「黒焔の剣」から選りすぐりの精鋭が、影のように屋敷の周囲を制圧する。その中にはシャルル.ド.バルドの義兄、テランス.マルクスの姿もあった。 ギルベルトは剣を抜かず、静かに扉を開けた。 守りはほとんどいない。マルクス伯爵の逃亡に備え、既に内部は空っぽだった。 ──彼女は、奥の部屋だ。 迷いなく進んだ先。 そこには、月光を浴び、佇む美しき影──その立ち姿は皇族がまとう威厳そのもの。 「……マリア……!」 その名を呼ぶ声に、マリアはゆっくりと振り返った。 拘束はされていない。ただ、彼女は“閉じ込められていた”のだ。 「……ギル?…っ!ギルベルト!」 最初は幻かと疑ったような目で。 けれど、ギルベルトが一歩踏み出した瞬間── 彼女は待ち望んだ人の胸に飛び込む。 「来て……くださったのですね……」 ふわりとまるで宝物を抱きしめるように彼女にふれた。 「……すまない、マリア。……遅くなった」 震える声で、震える指先で… ギルベルトはマントを脱ぎ、彼女をそっと包む。 「…待たせてごめん…」 「来てくれたことが嬉しい。でも、もう少し……こうしていてもいいですか……?」 「…もちろん。僕も離したくないからね」 マリアはギルベルトの胸に額を預ける。 その姿は、女王でも、公爵夫人でもない──ただ、ギルベルトの愛した“マリア”その人だった。 アイオンが静かに羽をたたみ、窓辺からふたりを見守っていた。   ──再び王宮大広間 ルーレウスの【もう一つの告発】 の直後。 重厚な扉が音を立てて開かれた。 「──失礼します」 静かに、しかし凛とした声が響く。 会場が、一瞬で静寂に包まれる。 歩み出たのは、漆黒の礼装を纏った青年──ギルベルト・ロザリス。 その隣を歩くのは、絹のような銀髪を靡かせた女性。 その姿に、誰かが息を呑んだ。 「……マリア様……?」 「ご無事だった……!」 その声が波紋のように広がり、会場中がざわつく。 王が手を挙げて制すと、マリアは一礼し、ゆっくりと進み出た。 「陛下。 そして、この場にお集まりの皆様。 私は、バルド家の邸で長らく幽閉されておりました。 “子を産んだ”などという事実はございません。 妊娠さえしておらず、命を狙われ、名を奪われて生きてまいりました」 彼女の瞳はまっすぐ王を見据えていた。 「……私は、“マリア・ルクレツィア・レガリア”です。 父上の威光を穢したこと、深くお詫び申し上げます。 ですが、今ここに──真実を証明するために参りました」 ヴィヴィアンが思わず前のめりになる。 「マリア様……!」 マリアはその声に微笑みを返した。 「ヴィヴィアン様。あなたは命をかけて、私を助けようとしてくれた。 今度は私が、あなたと、皆さまの正義を証明する番です」 ギルベルトが、彼女の隣で静かに立つ。 マリアはそっと瞳を閉じ── 「すべての罪は、あの家にあります。 王家と国民を欺き、私の命を弄び、国の根幹を揺るがせた罪。 どうか、裁きの御手を」 王の声が、静まり返った大広間に凛として響く。 ⸻ 「この場をもって、 シャルル・ド・バルド公爵ならびにその一族郎党── 国家反逆罪により、極刑に処す。 また、バルドの命に従い不正を働いた ルイス伯爵を含む関係者には、生涯幽閉を命じる。 マリア皇女名義で開催された舞踏会にて、 麻薬取引に関与した貴族たちは、爵位の剥奪または降格とする。 暗殺実行犯については、すでに── イグナティア家の手により粛清済みである。 リリアン皇太子妃の処遇については、 エドワード皇太子に一任する。 ⸻ 王は一歩、前へと進み── 若き貴族に、深く視線を注いだ。 「──マリウス・ド・フロストリア侯爵。 このたびの陰謀を暴き、国家の誠を守ったその功、まこと重い。 よって、そなたを公爵に昇格させ、 引き続き東方の統治と再建を任ずる。」 マリウスは静かに膝をつき、頭を垂れる。 「謹んで拝命いたします。 この命、民のために尽くす所存です。」 ⸻ 「ギルベルト・ロザリス。 ロザリス家の威信を回復し、皇女マリアの救出という 重大な任務を成し遂げたその功、称えるに値する。 よって、そなたを伯爵に昇格し、 今後は王家直轄領の防衛を任ずる。」 ギルベルトは一瞬だけ目を見開いたが、 すぐに騎士のようにひざまずき、静かに礼を取る。 「……光栄に存じます。 この命、姫と民の盾といたします。」 ⸻ 王は次に、夫人へと目を向ける。 「ヴィヴィアン・フロストリア。 そなたの知略と勇気、情報戦における手腕はこの国を救った。 これより、ライデンの管理委任を正式に認可する。」 ヴィヴィアンは一礼しながら、静かに言葉を添える。 「……ライデンの名は、残させていただきます。 そこに住まう人々にとって、それは誇りある故郷です。」 王は微笑み、頷いた。 「ありがとう。その地が、再び光と共にあらんことを。」 ⸻ 「バルド公爵家領は王家直轄領とし、 その名義は──マリア・ルクレツィア・レガリア皇女に託す。」 マリアは静かに頷いた。 「……謹んで拝命いたします。 この手で、民の暮らしを取り戻してみせます。」 ⸻ 「空席となるロザリス領については── ルーレウス・クロム、そなたに継がせる。」 会場に、ざわめきが走る。 「誰だ……?」「クロム……?聞いたことがないぞ……」 しかし青年は軽やかに前へ出て、飄々と笑って言った。 「……あ、どうも。突然で失礼。 でも、やることはちゃんとやりますので」 ⸻ 「これに伴い、東方領地の領名および境界は改訂とする。 後日、正式文書にて通達を行う。」 ⸻ そして王はもう一歩、玉座を離れて進み出る。 マリアとギルベルトへ、温かなまなざしを向けて言葉を紡いだ。 「──最後に。 この戦乱と陰謀を生き抜いた、皇女マリア・ルクレツィア・レガリア。 そして、そなたを命懸けで救った、ギルベルト・ロザリス伯爵。 民の未来と皇女の安寧のため── この場において、皇女マリアをギルベルトに下賜する。」 一瞬、場の空気が凍りつくように静まり返る。 マリアは瞠目し、ギルベルトは息を呑んだ。 だが次の瞬間、ギルベルトは深くひざまずき、騎士の礼をもって応えた。 「この命を賭して、姫をお護りいたします。」 マリアはその背を見つめ── そっと、震える声で名を呼ぶ。 「……ギルベルト。もう、“姫”じゃなくていいの。私は…… 貴方の隣に、生きたい。」 ──ふたりを包む空気は、祝福に満ちていた。 王は柔らかく微笑み、静かに玉座へと戻っていった。 「この縁が、長き祝福とならんことを。」 ⸻ こうして、罪は裁かれ、希望が命ぜられた。 国に新たな風が吹き始める── 氷のごとく冷たい夜を越え、 銀の光に照らされた未来が、いま幕を開ける。 ―式典の熱が冷めやらぬ王宮の中庭。 花咲く庭に佇むヴィヴィアンの顔には、どこか沈んだ色があった。 「結局……私は、リリアン皇太子妃を救えなかった」 唇を噛みしめるように、静かにそう呟く。 そんなヴィヴィアンを連れ、マリウスは屋敷へと戻ろうとするが── その時、背後から息を切らした声が響く。 「なぁ、マリウス……俺は、どうしたらいい?どうしたら……」 振り向けば、そこにはエドワード。 混乱と迷いの表情を張り付けたまま、マリウスを見つめていた。 その姿に、ヴィヴィアンの心が揺れる。 (ああ……この人はこうやって……ずっと、マリウス様の心を傷つけてきたんだ。 無意識に利用して、自分だけが“正義”や“幸福”の側にいた……) 怒りが、罪悪感と共に胸を突き上げる。 吐き気がするほどの感情が溢れ── 「それは……」 マリウスが言葉を選ぼうとした瞬間。 ヴィヴィアンの叫びが、それを遮った。 「自分の奥さんのことは、自分で決めてください! でも、お願い……もうマリウス様をこれ以上、傷つけないで……!」 「いつも、いつも……あなたは幸せな場所にいて、 マリウス様は……あなたの“正しさ”に追い詰められて…… そうやって、あなたは──私の目の前で、マリウス様を殺したじゃない!」 叫ぶような、哭くような、魂の叫びだった。 「ヴィヴィアン……!」 マリウスが慌てて彼女を抱きしめる。 「落ち着いて。私は大丈夫だから……」 その言葉でようやく彼女は我に返り、震えながら彼の胸に縋る。 一方、エドワードは驚愕していた。 「え……マリウスを……俺が……?」 「気にするな、エドワード」 マリウスは静かに言った。 「私は今、生きている。そして、彼女が隣にいる。 だが──己の問題は、己で解決しろ」 言葉を失った皇太子をその場に残し、 マリウスはヴィヴィアンを支えながら、王宮を後にする。 ──馬車の中 王宮を離れ、揺れる馬車の中。 マリウスは、今もなお震えるヴィヴィアンの背にそっと手を添えていた。 (……考えたことはあった。 だが、触れぬようにしてきた) (彼女は──いつ、どのように“死んだ”のか?) ──あの日、彼女が言った言葉を思い出す。 『……大丈夫。私たちは、まだ死ぬ時ではないから』 “私たち”──あれは、自分と彼女のことだったのか? 彼女は怯えていた。 異国で彷徨い、帰ればロザリス家が潰されていた── それは“原因”だと思っていた。だが、今は兄も生きている。 なら、何を恐れている? ──まさか…… マリウスは口元を覆った。 (彼女は、10歳で回帰したと言った。 だが、今日より先の未来の話を、彼女は一度も語ったことがない) ……その先には、何があった? ──さっき彼女が言った台詞。 『私の目の前で、マリウス様を殺した』 目の前で……? (……接点がなかったと言っていたのに──) マリウスの心に、初めて“確信に近い疑念”が芽吹いていく。 ― 少し落ち着きを取り戻したヴィヴィアンを、マリウスは静かに寝室へと連れていった。 ベッドに座らせ、彼女の隣に腰を下ろすと、そっと問いかける。 「少し……顔色が戻ったな。大丈夫か?」 その手が、彼女の髪を優しく撫でる。 ヴィヴィアンはピクリと反応し、小さく呟いた。 「……ごめんなさい。あんなこと……言うつもりじゃ……」 マリウスはふっと笑う。 「いや……いいさ。もう、すべて終わったのだから」 しばし、優しい沈黙がふたりを包む。 ──そして。 「……ヴィー。君に、聞きたいことがある」 「……?」 マリウスは真っ直ぐに彼女を見つめた。 「君は……いつ死んだ?」 ヴィヴィアンの心臓が跳ねた。 「前回、君は……私と同時期に死んだのではないか?」 マリウスの声は穏やかだったが、その奥に焦りと不安が滲んでいた。 「理由はなんだ?事故か?病か? 病なら医者を呼ぼう。事故なら……君をここに閉じ込めてでも……」 「……」 その言葉に、ヴィヴィアンの瞳が揺れる。 もう、誤魔化すことはできなかった。 「……マリウス様……」 彼女は目を伏せ、静かに言った。 「……その通りです。  前回の私は、“今日”──この日に死にました」 マリウスが小さく息をのむ。 「だから……お気持ちにお応えできなかったのです。  私は……あの事件で命を落としました。  刃が向いたその時、気づいたら、私は……」 言葉が詰まり、喉が震える。 けれど、彼女は逃げなかった。 「もともと私たちには何もありませんでした。  私が一方的に、マリウス様をお慕いしていただけ……  ただ、それだけのことなのです……」 マリウスは、その言葉ですべてを悟った。 ──一番、捨てたかった可能性が現実となった。 「……ヴィー。  真実を答えてくれ……君はまさか……私を庇って……?」 その問いに、ヴィヴィアンの瞳から涙が溢れる。 「……それは違います……!」 「……先程も言いました。マリウス様は私を知りませんでした。  私が勝手に、好きになって……勝手に飛び出して……勝手に……」 涙をこぼしながらも、彼女はそれでもなお言葉を紡ごうとした。 だがその時、マリウスが震える手で彼女の肩を掴み、叫ぶように吐き出した。 「――二度と……二度とそんなことはするな……!」 その声に、ヴィヴィアンは目を見開く。 マリウスの腕が、彼女を強く引き寄せる。 震える体で抱きしめられたヴィヴィアンは、その胸の鼓動を全身で感じていた。 「……では、君の死も……回避できたんだな?」 低く、押し殺した声。 「ならば……改めて言おう。  俺の妻に……いや、これからの人生を共に生きてほしい。  ヴィー……妻として、俺の傍にいてくれないか……?」 その言葉に、ヴィヴィアンの胸が熱くなった。 込み上げる涙が、頬を伝う。 「……マリウス……愛しています……  ずっと……ずっと、お慕いしておりました……  私を……妻にしてくださいませ……」 彼女は、その腕をマリウスの首に回し、自ら唇を重ねた。 マリウスは目を見開いた 「妻にしてください」 その意味はあの日のものとは違う…。 彼が待ち望んだ言葉だった。 彼女の唇をそっと受け止め、確かめるように重ねていく。深く…深く…優しさも、甘さも…痛みも全て溶け合うような…そんな口付けだった。 「……ヴィヴィアン。愛してる……  君のすべてを、俺のものにしたい……」 ようやく重なった想いが、静かな夜に溶けてゆく。 ──ベッドの上。 揺れるランプの明かりが、ゆるやかに天蓋を照らしていた。 薄く汗ばんだ額、絡まる指先、そして── 「……あなたと生きてここに居る……」 シーツの中で、ヴィヴィアンがぽつりと呟いた。 「……ああ。これはわたしたちが望んで手に入れた未来だ。」 マリウスが彼女の額にキスを落とし、優しく髪を撫でる。 「……マリウス…愛する私の旦那様」 「……やっと、様をとる気になったか……」 ふたりは、互いを確かめ合うように微笑み、再び幸せな口付けを交わした。 ──夜が、ゆっくりと明けていく。 客間にて― 2人が客間に入ると、モリアがエドワードをもてなしているところであった。 「エドワード…訪問するなら先に連絡くらい寄越せ。いいな?」 「…悪かった。どうしても話さなきゃいけないと思って…」 「昨日の件だろう?ヴィヴィアンから話した方がいいと思う。」 「はい。先ずは…」 ヴィヴィアンの所作は一つ一つが洗練されている。(10年多く生きてるから!) マリウスはもちろん、エドワードも見惚れるほどの礼… 「昨晩は本当に申し訳ございませんでした。本来であればあのような事を言うべきではなかったですし、言うつもりもなかったのです…」 「言うつもりがなかった…と言う事は、マリウス。君も知っていたんだな?」 「あぁ、だが、それは“ありえた未来”の話であって、私の“体験”ではない。だから昨夜も言ったが、気にする必要はない事だけは先に伝えておく。」 「順を追ってお話しいたします。」 ヴィヴィアンがそう言うとマリウスはヴィヴィアンを引き寄せ、膝の上に乗せた…。 「な…?」エドワード 「え…?」ヴィヴィアン 「言って置くが、妻との時間を邪魔された事は許してはいないからな…」 「マリウス…そんな…(子どもじゃないんだから…)」 だが、離す気はないようなので 仕方なく話始める。 「既にお話しした通り、私は回帰者です。私が見た未来はロザリスの滅亡とマリア様が暗殺により亡くなられたこと…」 「あぁ…それは聞いてる」 「伝えなかったのはこの先です。 昨日の建国記念式典。あれは前回でも行われました。その最中、バルド子爵の告発により…マリウス様がその犯人とされました。」 震えるヴィヴィアンの手をマリウスがそっと握る そして、さもつまらなそうにヴィヴィアンの髪を、頬を触る。 「(まったく…目のやり場に困るが…これも彼女の為…か)しかし、告発されたからと言ってマリウスが犯人と言う証拠は?」 「わかりません。私はその時ただの侍女。給仕として使えていただけですので。ですが、驚くほど早く、エドワード様がマリウスに剣を向けました“裏切り者”と。その剣を受けたのが私です。」 ごくり…とエドワードの喉がなる音がした。 「そして、私が最後にみたのは…マリウス様が絶命した姿と…リリアン様がつぶやかれた“あなたがわるいのよ”と言う言葉」 「…どう言うことだ?」 「わかりません。誰に対してなのかも…」 「…そういう事だったのだな…」 「エドワード様。主人が言ったように、これは“ありえた”だけの事。貴方様が気に病むのを分かっていながら伝えてしまった私の落ち度です。申し訳ございませんでした。そしてどうか忘れてくださいますよう…。」 「…それからな。エド。」 終始黙っていたマリウスが口を開く。 「今の私たちは、妻が必死に守ってくれたものだ。君が気にすればするほど、彼女の努力が無駄になると言う事も忘れないでほしい。」 「…マリウス…」 「…わかった。だが「前回の私」として一度だけ謝らせてくれ…マリウス…すまない。本当に。それからヴィヴィアン。ありがとう。私と大切な親友を守ってくれて。」 「…っ!はい…」 ヴィヴィアンの瞳には悲しみではなく、喜びとも違う。 安堵の涙が浮かんでいた。 「それから、君たちに聞いておきたい。もちろん、昨夜マリウスに言われた言葉。しかと胸に留めてある。リリアンの件だ。これは私の責任で判断するつもりだ。…が、君たちはどう考えている?」 「…私は…リリアン様を断罪するつもりは元よりありませんでした。前回、私は彼女とエドワード様。そしてマリウスに強烈な憧れを抱き、そしてリリアン様の立皇を願っておりました。今もそれは変わってはいないのです。私の愛する人が守り続けた方ですから…。」 その真っ直ぐなヴィヴィアンの視線をエドワードは受け取る事が出来なかった…。事はもうそのような段階ではないのだから。 「ヴィヴィアンは一貫してこうだが…」 ふぅっとため息をつき、マリウスが続ける 「彼女は驚くほど純粋だ。言われれば裏を読む事も、思えばそのまま素直に口に出す事も。彼女の魅力だろう。だが…皇太子妃ともなれば話は変わってくる。 エドワード。お前が気づくべきだったのではないか?と私は思っている。」 「…そうだな。返す言葉もない」 「今回のその。彼女の心意を知りたいと思っている。でなければ私には判断がつかない。」 「そうか…わかった。ありがとう。」 そういい残し、エドワードはフロストリア邸を後にした。 余談だが… この後マリウスはヴィヴィアンと共に部屋に篭り、二日間出てこなかったと言う。 執事長モリアは語る。 「皇族の前でのあの振る舞いは本当に肝が冷えました。部屋に篭られた2日間は屋敷の者は誰1人近付けず、長いこと使えておりますが、1番困り果てた事件でございます。」 侍女頭ハンナはと言うと 「ご飯はたべてましたし!夫婦仲が良いのは素晴らしい事です。本当に奥様が奥様でよかった」 と涙を浮かべていた。