朝。まだ人々が動き出すには早すぎる時刻。
東宮寺本邸の修練場に、静かに剣の音が響いていた。
白の装束をまとい、袖口に蒼龍の紋を刺繍された少女が、黙々と術式の型を繰り返す。
その姿に無駄はなく、額に滲む汗すら凛としている。
――東宮寺蒼子。
東都の守護を司る名家・東宮寺家に選ばれし、“東”の神子である。
選定の時より、彼女は蒼龍の神子として生きてきた。
鍛錬は日課であり、怠ったことなど一度もない。
神子が操る力の根源――それは《言霊》である。
言葉に宿る“響き”と“想い”を世界へ響かせ、理(ことわり)に干渉する術。
神に祈るように。呪を唱えるように。祝詞のごとく言葉を紡ぐことで、
火は炎となり、水は癒しとなり、風は刃となる。
だが、言霊はただ言えば届くものではない。
それは術ではなく、“心”そのものだった。
ひとつの言葉にどれだけの想いを込められるか。
迷いがあれば力は揺らぎ、偽りがあれば響きは鈍る。
そして、自身を疑う声が心にあるならば――言霊は、応えてはくれない。
蒼子が今、繰り返している術式もまた《言霊》の型のひとつ。
正しく力を導くため、日々積み重ねる祈りの形。
……けれど今朝は、ほんの僅かに、その言葉が揺れた。